Rikuの備忘録〜心と身体と健康のお話〜

数あるブログの中から「Rikuの備忘録」に訪れて頂きありがとうございます。日々の生活の中での気づきや学びについて皆様と情報を共有出来たらと、思っています。どうぞよろしくお願い致します。

受験に失敗はない

4月に入り新生活を始められた方はおめでとうございます。

人生の新たな門出を精一杯に応援致します。

 

さて今回のお話のテーマは、「受験に失敗はない」です。

 

受験というものは良いですね。一つの目標(合格)に向けて努力し

周りの方は、それをお手伝いや補助をする。

塾に通ったり、家庭教師にお願いをしたり、夏休みには学校見学に行きったり。担任の先生と個人面談、

年明けには合格祈願に行きお守りを買ったりと一年を通して一つの大きな目標に向けて

出来る事を精一杯行う。

まさに共同作業!しかし、共同にはなっていないのか!笑

 

少し前の話をさせて頂きます。

これまでの人生に於いて私にも受験という大きなイベントが3度ありました。

最初の受験は高校受験の時ですから今から十数年前のこと・・・

 

第一志望の埼玉県内にある公立高の受験は、ものの見事に不合格

滑り止めで受験していた県内の私立の高校に進学します。

 

地元から少し離れた埼玉県の秘境地!?越生市にある私立の武蔵越生高校に進学したのです。

もともと僕はこう見えて!!??人見知りをしてしまう性格ですので

心を開くのが奥手で周りの子との壁を作ってしまっていたのです。

 

慣れてくればとてもよく喋るひょうきんな高校生でした!!!!

今に思えば高校に進学した当初はとても辛く悲しかったものです、

同じ中学からの進学した友達はおらず、更には受験に落ちたショックで

高校では野球部に入る予定だったのですが、滑り止めで入学した生徒は冷遇されるという都市伝説にビビり持病の腰痛も重なり野球部には入部しませんでした。

 

いざ入学してみても絶好調に人見知りしてしまい!!笑

友達がいない、、、

学校から帰ると明日も学校か、、、と夜一人で泣いていることも多々

あったのです(男でも泣きます!!)

 

内気で当然の如く友達も彼女もいなく暗黒面にのめり込まれた青春時代!?それとも

静春時代!?と書いた方が適切か!笑

 

部活動も帰宅部で全国大会に出場できる位に帰宅するまでの時間がとても早かった

*就業のチャイムが鳴ったらそそくさと帰宅の途についていたので

 

転機が訪れたのは高校2年生の時でした

 

将来の夢や進路相談を担任の先生と相談した時にどのような大人になりたいのかという問いに僕はすぐには答えは見出せなかったのです。

 

なぜかというと、私は父を早くに病で亡くし母親に女で一つで育てて頂きました。

 

自分の努力や行いが足りなかった為に公立校に不合格で高い私学で高い授業料を払ってもらい高校に通わせてもらっていた小分で進学など大層な志など毛頭なく

高校卒業と同時に小さな町工場で汗水垂らして親に返済しなければと考えていた。

 

そんな矢先母は、「大学だけは行ってくれ」と大学さえ卒業すれば就職に役立つという

今時、物珍しい古風な考えをもっていたのだろうか。

「お金はあるから・・」と

その言葉は僕にはとても嬉しかった。進学という選択肢のなかった私の頭の中に

ある種の革命の様な、雷に頭を撃ち抜かれた喜びが走りました。

 

お金が十二分にあることなど当時の僕には考えうることは出来なかったのだが、

母が所望するのであれば進学させて大学に進学させて頂こうかと私は考えました

 

 折角、進学させて頂けるのであれば世の為、人の為になる様な人間になりたいと、

親になにが還元してあげられる様な天職に就ける様な人間になりたいと・・・

 

少し遡りますが、私は小学校2年次より少年野球を習い始めました。

元々は父親とのキャッチボールから始まったと思われますが本格的に始めたのは

7歳位からであったと思います。

 

その少年野球チームにコーチとして野球を教えて下さっていた方で鍼灸の資格を持たれた方がいらっしゃって、怪我をした際に施術して頂いておりました。

それが私と鍼灸・東洋医学との出会いでした。

 

お話しを戻しますと高校生の時進路を考えた時に大学という選択肢が私に舞い込んできて大学を探し始めます。

 

 縁あって私の通学していた高校の指定校推薦枠に後に進学することになる

「帝京平成大学ヒューマンケア学部はり灸学科」というものがあるではないか

 

よく結婚相手と初めてお会いした時に「ビビビ」とくると言いますが、

それに似た感覚を大学紹介のパンフレットを拝見した時「ビビビ」と感じました。

 

 ここに進学したいと。。

 

第二の受験大学受験になるのですが、一度目の受験に老いて辛い経験をしていた

私は二度目は同じ経験はしたくないぞ!ということで是が非でも指定校推薦枠を獲得したいという気持ちが芽生え(この大学以外は眼中にありませんでした!)もの凄く勉強に勤しみました!!!!*つもりです笑

 

努力が実を結び、またご縁もあって見事に指定校推薦枠を勝ち取ることが出来て

私の第一志望校である大学に進学することが出来ました。

 

3度目の受験とは、はり師、きゅう師国家試験ですが、特筆すべき点もドラマもありませんのでここは僭越ながら割愛させて頂きます!

 

長々と私の歴史について記述させて頂きましたが、簡潔に申しますと受験には失敗など存在しません。

 

私の場合は初めての受験で辛い経験をしたからこそ次に活かすことができましたし、

進学先での指定校推薦枠という存在で出身大学を知り進学した大学の4年次に国家試験を受験し合格し今に至ります。

 

人生とは何が起こるかわかりませんね何かがきっかけで新たな道が切り開かれる

進んだ先で出会う友人や恩師の存在もありますし。将来にも活かすことができる。

 

「失敗」とは辞書では「しくじること」と記述されてはおりますが。

受験に於いては失敗など存在しえないものです。

私の場合、高校受験で第一志望の高校に進学していたら!?と今考えると恐ろしいです。

今日、鍼灸師になって患者様に日々施術することも、

こうして自由にブログ書くこともなかったかもしれません。

確かに辛い経験にはなりましたが、それも全て含めて今の私があります。

 

人は進んだ道の先に出会いがありドラマというものが生まれます

受験をどうか第一志望に受かることが成功だという位置づけになさることのない様に

して進んだ先が導かれた道だと考えて頂きたいと思いここに記します。

 

長文になってしまい申し訳ありません。私の経験が人の為になることができれば幸いです。